社内報

2022.11.10 ひと休み

豆知識 その7 「安倍川」

弊社は市内を流れる安倍川沿いにあります。9月の台風15号で静岡県内各地で大雨が降り、浸水の被害も発生してしまいました。しかしながら幸いにも弊社工場周辺には被害はありませんでした。歴史的な河川の管理が今もなお、私たちを守ってくれているようです。 Mさん発表

 安倍川は、静岡市葵区および駿河区を流れる、一級水系安倍川の本流です。清流としても有名で、その伏流水は静岡市の水道水にも使われています。大河川でありながら本流・支流にひとつも河川法上のダムが無い珍しい川です。流域のすべてが静岡市内であり、下流部の藁科川と合流する付近では「舟山」という川中島が見られ、市街地の西側を流れて駿河湾に注ぎます。治水が進んでいない中世以前の安倍川では、谷底平野から扇状地頭部に出た川の流れが扇状地内を乱流し、川幅が拡がって流下していました。室町時代に入ると、今川氏が城を築くために幾筋もの支流を西へ追いやり、ほぼ現在の流路を流れるようになったといわれています。安倍川における治水事業は1500年代末に始まった新田開発と併せて、新田を洪水から守るために、山から川に向けて堤防を築いたことが始まりといわれています。徳川家康が「駿府」に移る際に、区画整理の一環として慶長年間に築堤を行い、その後も築堤が行われました。いずれも霞堤と呼ばれる形式のものであり、洪水時に二重に防御する役割を持って駿府の町を守っていました。特に薩摩藩によって安倍川左岸に築かれたと伝わる堤防は薩摩土手とよばれ、現在でも一部残存し、土木学会選奨土木遺産となっています。新しい堤防がより内側に築かれたことにより、現在は、旧薩摩土手のほとんどは道路になり「さつま通り」と呼ばれています。こうした徳川家康、薩摩藩などの功績で、安倍川は氾濫の危機を逃れたと言えます。 

                     ウィキペディア、しずおか河川ナビゲーションより】