
2025.12.31 未分類
豆知識その53「製餡発祥の地」
今年も1年、豆知識をご覧いただきありがとうございました!
お正月のお餅に餡を付けて食べたくなっちゃいました~。
粒あん好きな、Mさんの発表
静岡市清水区にある興津(おきつ)は、日本の製餡技術の基礎を築いた製餡機発祥の地として重要な歴史を持っています。明治時代、興津出身の北川勇作という人物が、餡作りの重労働を軽減し、効率化を図るため、機械の開発に乗り出しました。
当時の餡作りは、豆を煮て、皮を剥き、練り上げるまで全て手作業で行われており、大量生産は非常に困難でした。北川は、この課題を解決するため、豆を煮るための釜や、豆の皮を剥くための機械などを考案し、試行錯誤を重ねて開発しました。これらの機械が、現在の製餡機の原型となり、安定した品質の餡を大量に生産することを可能にしたのです。
北川の功績は、同郷の内藤幾太郎と共に広められ、彼らが開発した技術は全国の製餡業者に普及していきました。これにより、製餡業は専門分野として確立し、日本の和菓子文化は飛躍的に発展しました。興津の八幡神社には、この偉大な功績を称える「製餡発祥の地」の石碑が建てられています。これは、北川勇作と内藤幾太郎の功績を後世に伝えるためのものであり、彼らの革新的な技術が日本の食文化に与えた影響の大きさを物語っています。興津は、日本の製餡技術と和菓子文化の歴史を語る上で欠かせない、重要な場所なのです。
あんこの原型が伝わったのは、飛鳥時代に遣隋使により中国から伝えられ、当時は、饅頭などの中に詰める肉や野菜などの詰めものを意味していました。餃子の中身(具)が「餡」とよばれるのはそのため。その後、肉食を避ける僧侶などの活躍により、小豆を使用した今のあんこのような形となりましたが、当時はまだ塩味のものが主流でした。現代のいわゆる甘い「あんこ」になったのは江戸時代からです。
【Google Gemini ほか より】